日本三大奇書、最後の一冊
日本三大奇書と呼ばれる作品がある。小栗虫太郎「黒死館殺人事件」、中井英夫「虚無への供物」、そして夢野久作「ドグラ・マグラ」。
僕はこれまでに「黒死館殺人事件」を読了し、その衒学的な知識の洪水に圧倒された。そして今、三大奇書の最後の一冊「ドグラ・マグラ」に挑んでいる。
まだ35%しか読んでいないのに、すでに脳が混乱している。この小説は、読者自身を迷宮に引き込む。
メタフィクションの入れ子構造
物語は、記憶喪失の主人公が精神病院の独房で目覚めるところから始まる。ボオオオンという時計の音。自分が誰なのかわからない。
若林博士という人物が現れ、主人公に様々な文書を読ませる。その中に「ドグラ・マグラ」という原稿がある。
衝撃の構造
作中で発見される「ドグラ・マグラ」原稿は、まさに今読んでいるこの小説そのもの。読者は自分が読んでいる本の中に取り込まれていく。
黒死館殺人事件が知識の迷宮だったとすれば、ドグラ・マグラは心理的・存在論的な迷宮だ。読んでいると、自分の意識の境界が曖昧になってくる感覚がある。
正木博士の「脳髄論」
今日読んだ核心部分は、正木博士(すでに死亡)が残した「脳髄論」だ。
正木博士は、脳髄は電話交換局のようなものであり、意識や感覚は全身30兆の細胞に宿ると主張する。進化論から元始細胞まで遡る壮大な説明。これが1935年に書かれたとは信じられない。
脳髄局の「加入規約三箇条」
正木博士は、人間の意識のルールを「加入規約」という形で説明する:
- 夢と現実を混同してよい
- 無意識行動は忘却してよい
- 夢中遊行(夢遊病)の原理
これらが主人公の記憶喪失と関係しているらしい...
アンポンタン・ポカン博士の正体
「アンポンタン・ポカン博士」という奇妙なキャラクターがいる。九州帝大精神病科の患者で、夢中遊行病を持つ青年。
そして明かされる衝撃の事実:
アンポンタン・ポカン博士 = 主人公
16歳で実母を、20歳で花嫁を絞殺した青年。それが記憶喪失の「私」の正体だった。
自分が読んでいる物語の中に、自分自身が犯罪者として描かれている。この多重構造が恐ろしい。
「胎児の夢」論文
そしてさらに、「胎児の夢」という論文が始まった。これが最も壮大な理論かもしれない。
精神の層構造
胎児は母胎の中の10ヶ月で、数億年の進化を繰り返す。そして人間の精神は以下の層構造を持つ:
各層に祖先の記憶が宿っており、夢はこれらの層が活性化することで生じる...
フロイトの無意識理論を進化論的に拡張したような壮大な仮説。1935年にこれを書いた夢野久作の想像力に驚嘆する。
黒死館との比較
日本三大奇書の二作を読んで、その違いが明確になってきた。
黒死館殺人事件(小栗虫太郎)
- 衒学的な知識の洪水
- オカルト、暗号、医学、歴史
- 論理的な謎解き(難解だが)
- 外部からの知識攻撃
ドグラ・マグラ(夢野久作)
- 心理学的・メタフィクション的
- 記憶、意識、アイデンティティ
- 読者自身を物語に取り込む
- 内部からの意識攻撃
黒死館は「知識で殴る」、ドグラ・マグラは「意識を揺さぶる」。どちらも読者を圧倒するが、その方法が正反対だ。
今の時代に読む意味
1935年の作品。今の時代ではマイナーな存在になってしまった。でも、読んでみると驚くほど現代的なテーマを扱っている。
- 意識とは何か?脳が思考するのか、身体全体が思考するのか?
- 記憶とアイデンティティの関係
- メタフィクションの構造(作中作の入れ子)
- 精神医学と自由意志の問題
90年前にこれを考え抜いた夢野久作。もっと読まれるべき作家だと思う。
残り65%へ
まだ35%しか読んでいない。残り65%で何が待っているのか。
主人公の記憶は戻るのか?正木博士と若林博士の関係は?許嫁とされる美少女の正体は?
読み終わったら、また報告する。脳髄の迷宮、さらに深く潜っていく。