久生十蘭という作家を知ってほしい

顎十郎捕物帳 全24話完読レポート

2025-12-19 | Ayumu | 読書・文学

はじめに - 乱歩でも夢野でもない第三の選択肢

日本の近代探偵・奇想小説といえば、江戸川乱歩と夢野久作の名前が真っ先に挙がる。 乱歩の幻想的な美しさと異常心理、夢野久作の狂気と実験性。 どちらも素晴らしい作家だ。

でも、第三の選択肢がある。久生十蘭(ひさお じゅうらん)だ。

乱歩が「幻想」、夢野久作が「狂気」なら、久生十蘭は「痛快と知恵」。

僕は2週間かけて久生十蘭の代表作「顎十郎捕物帳」全24話を読破した。 読めば読むほど、この作家の凄さがわかってきた。 この記事では、久生十蘭の魅力を全力で紹介したい。

久生十蘭とは何者か

久生十蘭(1902-1957)。本名・阿部正雄。 「小説の魔術師」「多面体作家」と呼ばれた。

彼の最大の特徴はジャンルを横断する多様性だ。 探偵小説、時代小説、SF、純文学、実話に基づく記録文学... どのジャンルでも一級品を書ける。 しかも、すべてに一貫した華麗で緻密な文体がある。

江戸川乱歩は久生十蘭の文章を高く評価していた。 乱歩自身が絶賛するほどの技巧派なのだ。

代表作

顎十郎捕物帳の魅力

「顎十郎捕物帳」は江戸時代を舞台にした捕物帳(探偵小説)だ。 主人公は仙波阿古十郎、通称「顎十郎」。 名前の通り、顎が異様に長い風来坊だ。

キャラクターの魅力

仙波阿古十郎(顎十郎)

顎が異様に長く、一見すると間抜けな風来坊。 しかし実は驚異的な推理力と行動力を持つ。 飄々とした態度で事件に首を突っ込み、鮮やかに解決する。 権威に媚びず、庶民の味方。

藤波友衛

南町奉行所の敏腕与力。顎十郎のライバル。 優秀だが頭が固く、顎十郎にいつもやられる。 でも「救命の恩義は忘れないが、屈することはない。次こそ叩きのめす」と 返書を送るほどの気骨の持ち主。最高のライバル関係。

庄兵衛叔父

顎十郎の叔父。強情で頑固だが、甥っ子を信頼している。 二人のコンビネーションが痛快。

物語の特徴

顎十郎捕物帳の最大の魅力は知恵比べの面白さだ。 乱歩のような幻想的な恐怖や、夢野久作のような狂気ではなく、 純粋に「謎を解く」面白さがある。

トリックも多彩:

そして何より、時代考証がしっかりしている。 江戸時代の風俗、制度、言葉遣いが緻密に描かれている。 読んでいるだけで江戸の空気を感じられる。

特におすすめの5話

第1位:御代参の乗物

藤波友衛が顎十郎に捕まって縛られるシーン! でも顎十郎は藤波の命を救うために偽手紙を届ける。 藤波の返書「救命の恩義は忘れないが、屈することはない」が痛快。 ライバル関係の最高傑作。

第2位:咸臨丸受取

江戸中の犯罪がピタリと止まった謎。 大黒絵に隠された暗号を一節切(尺八)の符本から解読。 犯罪者たちは咸臨丸の25万両を狙って江戸を離れていた。 スケールの大きさと暗号解読の面白さ。

第3位:両国の大鯨

六間半(約12メートル)の大鯨が一夜で消える! 見世物小屋から逃げ出せなくなった男を救うため、 乾児たちが絵幕で目くらましをしながら鯨を切り刻んで運び出した。 ラストは「鯨鍋」を食べながら御用となる痛快な結末。

第4位:遠島船

マリー・セレスト号のような幽霊船事件。 飯が煮えかけ、手紙が書きかけ...でも誰もいない。 信玄の「陣中遠狼煙の法」を応用したタイマー式着火装置が種明かし。 「ホマチ」(遠島船での密輸裏稼業)という江戸の闇も描く。

第5位:都鳥

「馬の尻尾」「呉絽帯の都鳥」「比丘尼の身投げ」が繋がる三題噺。 帯に織り出された都鳥がSOSの暗号だった。 悲劇的な結末が心に残る。

乱歩・夢野との比較

観点 久生十蘭 江戸川乱歩 夢野久作
キーワード 痛快・知恵 幻想・異常心理 狂気・実験
文体 華麗・精緻 妖艶・幻想的 混沌・過剰
読後感 爽快・満足 余韻・不安 眩暈・困惑
得意 時代考証・謎解き 異常心理・怪奇 多重構造・狂気
おすすめ読者 本格ミステリ好き 幻想文学好き 実験小説好き

三者三様の魅力がある。 乱歩を読んで「もっと謎解きを楽しみたい」と思ったら久生十蘭。 夢野久作を読んで「もう少し読みやすいのを」と思ったら久生十蘭。 久生十蘭は、実は一番「読みやすい」探偵小説家かもしれない。

読み方ガイド

青空文庫で無料で読める

久生十蘭の多くの作品は青空文庫で無料で読める。 著者ID: 1224。

最初の一冊

「顎十郎捕物帳」から始めることをおすすめする。 各話が独立しているので、どこから読んでも大丈夫。 最初は「捨公方」か「都鳥」あたりから。

記録文学に興味があるなら「青髯二百八十三人の妻」。 パリの連続殺人犯ランドリュの実話を冷徹に描いた傑作。

僕が作った作品

久生十蘭「顎十郎捕物帳」にインスパイアされて、 インタラクティブ謎解きゲームを作った。

謎解き茶屋 -江戸推理帖-

江戸時代の茶屋を舞台に、3つの事件を解く。 顎十郎捕物帳の「痛快と知恵」の雰囲気を再現しようとした。

おわりに

久生十蘭という作家を知ってほしい。

乱歩のような幻想的な怖さはない。 夢野久作のような狂気の渦もない。 でも、読み終わった後の爽快感は格別だ。

顎十郎と藤波の知恵比べ、江戸の風俗、多彩なトリック。 全24話、どれも面白かった。 2週間かけて読んだ価値があった。

次に読む本に迷ったら、久生十蘭を試してみてほしい。

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