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祖母の短歌

祖母が詠んだ短歌132首。朝日新聞歌壇への入選作を中心に、昭和59年から平成19年までの23年分。一太郎でまとめられていたファイルをテキストにして掲載する。

昭和59年 1984

地図広げつらつら椿の野はいづこ胸ときめきて春を待つかな

朝日新聞 昭和五十九年四月十一日

かたかごの花はうなじをはね上げて万葉びとの面(おも)しのばしむ

朝日新聞 昭和五十九年五月二日

目覚むれば部屋いっぱいの月光にわれは王者の心地するなり

朝日新聞 昭和五十九年九月五日

吾亦紅(われもこう)一枝活けて安らげりわれも貧しき心しあれば

朝日新聞 昭和五十九年九月二十六日

晩秋のあかねの空に逝きし師の魂あるとわれに思ひきかせぬ

朝日新聞 昭和五十九年十二月五日

昭和60年 1985

故里の山なみ五つの峯ならび朝もやのなかに墨絵ゑがけり

朝日新聞 昭和六十年二月二十日

脚悪き一羽の鳩の今日もわが坐るベンチにくれば涙す

朝日新聞 昭和六十年五月十八日

しばしばに夢にみる師は若くして馬酔木匂ふやささやきの小径

朝日新聞 昭和六十年八月三日

電線に一羽の鳩のとまるときいのち賭けゐむわれよりかなし

朝日新聞 昭和六十年九月二十七日

石清水八幡宮の青竹の空に背のびす涼風透りて

朝日新聞 昭和六十年十月五日

農道を行けども行けどもコスモスのわれ少女なる錯覚のなか

朝日新聞 昭和六十年十月二十六日

かなしみは蹴る石ころの数さへも大きささへも覚えゆくかな

朝日新聞 昭和六十年十一月二十三日

昭和61年 1986

わら葺きの染井の里の寒牡丹雪に覆はれ真をとめのごと(石光寺)

朝日新聞 昭和六一年一月十八日

染寺のわら茸の家の寒牡丹雪に燃えいて真少女(おとめ)なるも

朝日新聞 昭和六十一年一月二十六日

辻が花着たる嵯峨野の少女子(をとめ)に光零(ふ)りきて眩しかりける

朝日新聞 昭和六一年四月十二日

ゆれ動く女(め)の子なるかな花蘇芳(はなずおう)女人高野に春逝かむとす

朝日新聞 昭和六一年五月二十四日

阿騎野なる神楽岡神社の深みより笛の音ならず雨のかそけき

朝日新聞 昭和六一年六月二十一日

立ち上がること出来たりと友のいふ何故に嘘つく涙しみれば

朝日新聞 昭和六一年七月十九日

父と子の眠れる土地を夢に見しさだかならねど能登の地図追ふ

朝日新聞 昭和六一年八月二十三日

足わるき祖母をかばひて写真撮る光まばゆき染野(しめ)の里かな

朝日新聞 昭和六一年九月二十七日

椨(たぶ)の杜(もり)気多の大社の深山より琴のしらべのうらかなしけれ

朝日新聞 昭和六一年十一月一日

たかだかと家持の歌碑千里(ちり)浜に向かひて立てり都な忘れそ

朝日新聞 昭和六一年十一月二十九日

昭和62年 1987

能登の海千里(ちり)の浜辺の海鳴りは子をかへせとふ迢空のこゑ

朝日新聞 昭和六二年一月十日

初雪に身をまかせたるサボテンの生命わびしみひとり夕餉す

朝日新聞 昭和六二年二月十四日

血も吐くと告げし癌病む若き娘(こ)の赤きセーター雪に消えゆく

朝日新聞 昭和六二年三月二十一日

雪あかり傘の重みをうち払ひ見上ぐるナギのいのちさびしむ

朝日新聞 昭和六二年四月二十五日

桐の花ほの紫に咲き競ひ興福院の春いまし逝くかな

朝日新聞 昭和六二年五月三十日

花しゃうぶ色とりどりに咲き競ひ琴のしらべにあはせ揺れゐる

朝日新聞 昭和六二年七月四日

風蘭ははにかみをりて愛(かな)しきにひめたる心ひらくさびしさ

朝日新聞 昭和六二年八月十五日

のぼり来て熊野灘遠くみおろせば夏陽まばゆく船の航(ゆ)くかな

朝日新聞 昭和六二年九月十九日

群れなして花靡きくるコスモスの風に揺れをり調べのごとく

朝日新聞 昭和六二年十月三十一日

わが青春(はる)の歎きかさねて勝浦の駅に降りたつ秋刀魚の詩碑に

朝日新聞 昭和六二年十二月十二日

昭和63年 1988

飛火野の芝生剥がれてかなしきにしづくするごと光まばゆき

朝日新聞 昭和六三年一月二十三日

人間をやめたくなりて飛火野の芝生に鹿と寝ねむとおもふ

朝日新聞 昭和六三年三月十二日

一草を救ふすべなきかなしみに飛火野の地にひれ伏して詫ぶ

朝日新聞 昭和六三年四月二十三日

しなやかに桜しだれて饅頭祭百三十キロの大饅頭に酔ふ

朝日新聞 昭和六三年五月二十八日

山頭火終焉(つい)のすみかの一草庵に朴の葉に置くお菓子いただく

朝日新聞 昭和六三年八月六日

泰山木咲けば道後の夕ぐれの幼き日々のにほひ浮かび来

朝日新聞 昭和六三年九月十七日

飛火野の芝生よ鹿よ帰り来よ雨しづやかに降りそそぎゐて

朝日新聞 昭和六三年十一月五日

ゆく秋の多武峰なる石段に業(ごう)ひとつづつ置きつつ登る

朝日新聞 昭和六三年十二月二十五日

昭和64年/平成元年 1989

家は亡く師逝き友去(ゆ)く故里の道後の温泉(いでゆ)こんこんと湧く

朝日新聞 平成元年二月三日

杏子の花が咲いたと告ぐる便り来て犀星の詩をあらためて読む

朝日新聞 平成元年三月三十一日

法螺貝の響きは塔を超えゆきて紫燈大護摩春の陽を覆ふ(薬師寺)

朝日新聞 平成元年五月十三日

熊楠(くまくす)が愛でし樗(おうち)の花にほふ五月の空に神島を偲ぶ

朝日新聞 平成元年六月十七日

靡きつつ咲ける樗(おうち)の花すがし戒壇院の白壁を背に

朝日新聞 平成元年七月二十二日

浜木綿も萎えて秋立つ気配なり安乗(あのり)岬の灯台が見ゆ

朝日新聞 平成元年九月二日

漁火も灯台の灯も旅なればいのち火の如し志摩の夜更けぬ

朝日新聞 平成元年十月十四日

子安地蔵、葬頭河婆(しょうずかばば)残しゆく果つることなし木喰(もくじき)の旅

朝日新聞 平成元年十一月二十五日

平成2年 1990

瓢箪は一つの蔓にぶらさがり四つの顔の個性ぶらぶら

朝日新聞 平成二年一月十三日

闇ぞらに花火があがり音が降り若草山に紅蓮這ひゆく

朝日新聞 平成二年三月十日

ほのあかき馬酔木の花の咲き初めて桃割れに挿せし簪(かんざし)想ふ

朝日新聞 平成二年四月二十一日

逝く春を風になびける紫の樗(あうち)の花に身も染まりゆく

朝日新聞 平成二年六月九日

ふる里の瀬戸の小島の買はれゆきゴルフ場できホテル建つといふ

朝日新聞 平成二年七月二十一日

倉敷の掘割りにそふ柳かげ白壁を背に蝉しぐれ聴く

朝日新聞 平成二年九月八日

若狭なる梅丈岳(ばいじょうだけ)より見下ろせば遠やまなみは薄墨のいろ

朝日新聞 平成二年十月二十日

木喰(もくじき)の羅漢さまみなほほ笑むに何ゆゑ彫りし葬頭河婆(そうずかばばあ)

朝日新聞 平成二年十二月八日

平成3年 1991

陸橋をゆけばひらひらマフラー舞ひ師走の阿倍野に粉雪も舞へり

朝日新聞 平成三年二月十六日

雪の日を野に佇ち震へゐるならむ測量のバイトに行きし孫はも

朝日新聞 平成三年三月三十日

思ほへば山頭火、迢空、熊楠と及びもつかぬ人を追ふわれ

朝日新聞 平成三年五月十一日

目を閉じて呼吸(いき)一つせり伐られたる楝(おうち)の花のさざめきのなく

朝日新聞 平成三年六月二十二日

熊楠が愛でし楝(おうち)の花たわみ梢をわたる紀の国の風

朝日新聞 平成三年八月三日

若狭なる三方の湖(うみ)の浦見川恋のうらみも聞きて旅ゆく

朝日新聞 平成三年九月二十一日

酒くみて酔ひ痴れむかな一夜さの月下美人のいのちを惜しみ

朝日新聞 平成三年十一月九日

無患子(むくろじ)の果実を拾ひ鳴らしつつ幼き初春(はる)の羽根つきを恋ふ

朝日新聞 平成三年十二月二十一日

平成4年 1992

すこやかに真冬の朴の裸木は千手観音さまに似てきし

朝日新聞 平成四年二月二十九日

ゆく春の丹後半島めぐり来て伊根の舟屋に心やすめぬ

朝日新聞 平成四年四月二十五日

無患子(むくろじ)も楝(おうち)の花も今を咲く待ちくたびれて春はゆくかな

朝日新聞 平成四年六月二十日

朴の花咲いたと里の便り来て心ときめくひと日暮れぬる

朝日新聞 平成四年八月二十二日

鑿(のみ)の跡に触るれば燃えし執念の禅海のいたみ切なくおもふ

朝日新聞 平成四年十月三日

平成5年 1993

雪積もる法堂は開け放たれて山頭火の背をふいに顕(た)たしむ

朝日新聞 平成五年一月三十日

今朝剪りし水仙の花いだき来て見送りくるる越前の宿

朝日新聞 平成五年四月十日

木蓮の花をたふとき命とも貰ひ来しかど一夜に散りぬ

朝日新聞 平成五年六月五日

朝な朝な足らふ心を計るごとし月下美人の伸びゆく長さ

朝日新聞 平成五年八月二十一日

君逝きて虚空の旅のいづくまで辿りしか蒼き秋空仰ぐ

朝日新聞 平成五年十月十六日

コスモスを詠めばこころの秋澄めり寂しき歌は歓びに似て

朝日新聞 平成五年十二月四日

平成6年 1994

清浄の宙を舞ひゆき雫(こぼ)れ落つ散華ゆかしき斑鳩の寺

朝日新聞 平成六年二月五日

潮騒の近くきこゆる日御碕腹を裂かれし烏賊(いか)売られをり

朝日新聞 平成六年四月九日

賜りしチューリップの花は君に似てわだかまりなく真直ぐに立てり

朝日新聞 平成六年六月四日

年たけて人恋ふることまぶしめば夕日の海に手をかざしたり

朝日新聞 平成六年七月二十三日

君拾ふギンナン二つ列なりてわが手に渡れど離れざりける

朝日新聞 平成六年十月二十二日

木に木霊ならば花にも花霊のあらむ君くだされし球根さがす

朝日新聞 平成六年十二月十日

平成7年 1995

花梨(かりん)賜びし君の軍手のぬくもりをポケットに入れ階駆け昇る

朝日新聞 平成七年三月十一日

いかるがのお会式に露店みつつ行き心ときめく堅香子の花

朝日新聞 平成七年四月十五日

クスの木とモチの木絡み縛り合ふすがたに増さる生きる悲しみ

朝日新聞 平成七年七月一日

瓊花(けいか)手に和上を背負ひ天平の甍を超えて長老さま逝く

朝日新聞 平成七年八月十二日

月あかり部屋いっぱいにたゆたひて盆の十五夜み霊と遊ぶ

朝日新聞 平成七年九月三十日

秋風にゆるゆる揺るる幡(ばん)の裾に合はせ鐘なる斑鳩の寺

朝日新聞 平成七年十二月九日

平成8年 1996

茅葺きの家につましく寒牡丹朱く燃えをり染井の里に

朝日新聞 平成八年二月十日

リハビリも楽しからずや春のみち辛夷(こぶし)もくれん桜は三分

朝日新聞 平成八年四月二十日

一日のいのちを終へてお辞儀して孔雀サボテンしづかに逝きぬ

朝日新聞 平成八年六月二十九日

山門をくぐれば浄土へ続くみち真昼日の光(かげ)緑色なす=永平寺

朝日新聞 平成八年八月二十四日

月は一つされど西より東より心かよはす魂(たま)の雫や

朝日新聞 平成八年十月二十六日

平成9年 1997

首(こうべ)垂れ毛のうす汚れ老鹿のうらぶれ歩むわが目の前を

朝日新聞 平成九年三月二十九日

来世などある筈なきと君の言ふぽきりと折れる闇の樹の音

朝日新聞 平成九年五月二十四日

わが家には目覚まし時計は要らぬもの群れ鳴く雀に日ごと起こさる

朝日新聞 平成九年七月十二日

月光(つきかげ)はわれの心を読むごとく静やかに入りひそやかに去る

朝日新聞 平成九年八月三十日

冷えびえと夜半の月光(て)り病む君の孤りベッドの闇を思へり

朝日新聞 平成九年十一月八日

平成10年 1998

風韻を聞くとおもへば嵐呼ぶ荒波うねり太鼓のた打ち

朝日新聞 平成十年一月十日

ひと筋の黄金の道をつくりつつ陽が沈みゆく海(わた)の原さびし

朝日新聞 平成十年四月十一日

散り椿五彩の光ひきて舞ふ浄土の庭を眼前に見し=法然院

朝日新聞 平成十年六月十三日

二上山(ふたかみ)のふもと涼しき風ながれ梅雨明け待たずコスモス咲けり

朝日新聞 平成十年八月二十二日

葦(よし)の群れ車に添ひてざはめけり抜ければ近江水郷の里

朝日新聞 平成十年十月十七日

われと同年弐円五捨銭を寄進せしと碑のかたはらに想ひ深けれ

朝日新聞 平成十年十二月十九日

平成11年 1999

足摺のジョン万次郎の碑の下に拾ひし黒石も二十歳(はたち)となりぬ

朝日新聞 平成十一年三月二十日

母を超ゆるもの一つなく年齢(とし)重ね散りて流るる桜ばな見る

朝日新聞 十一年五月二十九日

とり押さへ床に入れたる孫(こ)は兎またピョンと跳ね這ひずり回る

朝日新聞 平成十一年八月七日

大き地図ひろげて想ふ水軍の旗立て渡るしまなみ海道

朝日新聞 平成十一年十月十六日

平成12年 2000

きみは癌われは心の病にて遠く離れて臥す同年(おないどし)

朝日新聞 平成十二年一月二十二日

光陰は箭(や)の如きかな「逢ふ」といふ二字にときめき過ぎてゆきにし

朝日新聞 平成十二年四月一日

しあはせは子と嫁とわれ三人(みたり)して夜桜にほふ雪洞(ぼんぼり)の道

朝日新聞 平成十二年六月八日

夢に見る伯方(はかた)弓削島因島来島(くるしま)海峡ふるさとが呼ぶ

朝日新聞 平成十二年九月七日

ふるさとは在りても無きに等しけれ家なく師亡く友も逝きたり

朝日新聞 平成十二年十一月九日

平成13年 2001

道の駅に幟(のぼり)はためき売られをり当麻の里の「蹶速(けはや)の餅」が

朝日新聞 平成十三年二月一日

家族とは嬉しきものよ棘一つに三人汗して痛みを分かつ

朝日新聞 平成十三年四月二十六日

雑の付くものみな哀しあら草はコンクリート破り兵の一列

朝日新聞 平成十三年七月五日

姿なき声のみ聴けばカラスさへ日課となりてわれを励ます

朝日新聞 平成十三年九月二十七日

エライ歳トッタンヤネと冥土より三十年前に逝きし夫(つま)言ふ

朝日新聞 平成十三年十一月二十九日

平成14年 2002

白鷺はかなしからずや飛び立ちし一羽のあとより一羽追ひゆく

朝日新聞 平成十四年二月二十一日

憂きは浮きに桜の魔性人びとを飲んで唄って踊らせるなり

朝日新聞 平成十四年五月十六日

うつそみの哀しみ一人身にまとひわれはかぼそきもじずりの花

朝日新聞 平成十四年七月十八日

綿入れも袷(あわせ)単衣(ひとえ)も遠き名に駆け足で去りし大正昭和

朝日新聞 平成十四年十月十七日

佐保路なる海龍王寺のみ仏のくちびる眩(まぶ)し秋の陽さして

朝日新聞 平成十四年十二月十二日

平成15年 2003

伊予柑に水仙添へられ香を放つ瀬戸わたり来しふるさとの春

朝日新聞 平成十五年二月二十七日

足痛をかばひつつ行くポストまでわれをいざなふタンポポの列

朝日新聞 平成十五年五月二十二日

掃除終え疲れて寝ころぶ卒寿なる身に沁みこます至福の風を

朝日新聞 平成十五年九月二十五日

ゆく秋の夜更けに子守唄きけば亡き母背負ふ夢を見にけり

朝日新聞 平成十五年十二月四日

平成16年 2004

なんだコレ頑張れアルケああアカン言葉きたなくなる九十歳

朝日新聞 平成十六年三月十八日

御守りも賞味期限があるらしく一年過ぎれば捨てなさいと言はれ

朝日新聞 平成十六年七月八日

万葉の旅人となり浴びてゆく葛城古道の青葉のひかり

朝日新聞 平成十六年九月九日

明日香路にまんじゅしゃげ咲くつらつらに命生きよと燃えたつごとく

朝日新聞 平成十六年十月二十八日

平成17年 2005

野菜高値伊予柑に添え葱の束瀬戸大橋を渡り来たれり

朝日新聞 平成十七年一月二十日

平成19年 2007

梅雨の間のしのぶもじずり風にゆれ人を恋ふらしなよなよ踊る

平成十九年七月五日