データ実験・系譜学

橋は神話でできていた
— 人類系譜の地図で六つの大陸がひとつになった夜

Wikidataの親族リンクを58万人まで掘った「人類系譜の全体図」。朝の時点では、地図には本土と9つの島があった。ヨルダン王家、スパルタ王、孔子——狙いを定めた数十人のシードを一晩クロールしたら、イスラム・聖書・ギリシャ神話・古代ローマ・明王朝・中国の五帝、六つの大陸が次々と本土に合体した。そして合体の縫い目を一つずつ調べたら、全部が同じ材質でできていた。実在の血縁ではなく、権威のために作られた「物語の系譜」だった。

朝の地図

この地図は、Wikidataに記録された父・母・配偶者・子のリンクだけを頼りに、人類の親族ネットワークを星図として描くプロジェクトだ。縦軸は生年、繋がっている人同士は近くに置かれる。一晩前の版(v13)では、11万人が表示され、次の構成だった。

大陸・島人数代表
本土104,792徳仁、エリザベス2世、チンギス・カン、豊臣秀吉
古代地中海大陸2,841カエサル、アレクサンドロス3世、クレオパトラ
神話・聖書大陸2,197ゼウス、ヘーラクレース、ソロモン、ダビデ
明王朝1,109朱元璋、永楽帝
イスラム大陸1,014ムハンマド、ハールーン・アッ=ラシード
ほか5島100〜300エチオピア帝国、古代エジプト、五帝、南アフリカ、バッハ一族

本土とは「徳仁からエリザベス2世まで、婚姻と血縁で一続きになっている巨大な塊」のこと。カエサルもゼウスもムハンマドも、そこには入っていなかった。

合体1: ハーシム家がイスラム大陸と聖書大陸を持ってきた

最初のシードはヨルダン王家(ハーシム家)だった。現国王アブドゥッラー2世の一族は、7世紀にアラビア半島でイスラム教を説いた預言者ムハンマドの直系子孫を称する家系で、同時に母や妃には欧州系の女性がいる。この356人をクロールした瞬間、二つのことが起きた。

まず、ムハンマドの島(1,014人)が本土に接続した。そしてもう一つ——イスラムの系譜学者たちは千年以上前から、ムハンマドの祖先をアドナーン、さらにイシュマエル(アブラハムの子)まで遡って記録してきた。そのリンクがWikidataにそのまま入っている。つまりハーシム家の橋は、イスラム大陸だけでなく、アブラハム・ダビデ・アダムを含む聖書大陸まで一緒に本土へ縫い付けた。

アダムからエリザベス2世まで、一本の親族の鎖が通った。

合体2: カエサルの島は、ブリテンの伝説で繋がった

「ハプスブルク家はカエサルの末裔か?」——数日前に調べたときの答えはノーだった。西ローマ崩壊から中世初期(5〜8世紀)の系譜記録は本当に途切れていて、古代ローマ大陸は孤立していた。

今回、後期ローマ皇帝(コンスタンティヌス、ディオクレティアヌス、テオドシウスユスティニアヌス)と古典期ギリシャ(ペリクレス、レオニダス)をシードに9,160人をクロールしたら、道が開いた。カエサルからエリザベス2世まで43歩。

カエサル(前1世紀、共和政ローマ末期の将軍・政治家)→ (養子) アウグストゥス(初代ローマ皇帝)→ ローマ貴族の婚姻網 → ルキウス・ウェルス → マルクス・アウレリウスの娘ルキッラ → セウェルス朝期の貴族 → コンスタンティウス・クロルス(3〜4世紀のローマ皇帝)→ — ここまでは実在の婚姻と養子縁組 — 妻・聖ヘレナ(コンスタンティヌス1世の母)→ 父・コオル老王(ブリテンの伝説王。「聖ヘレナはコオルの娘」は中世ブリテンで信じられた伝説) → — 縫い目: ブリテン建国伝説 — 中世ウェールズの家系文書(ap/ferchの連鎖) → ウィリアム・マーシャル(12〜13世紀、中世イングランドの騎士・政治家)→ ジョン王(12〜13世紀、マグナ・カルタで知られる「失地王」)→ 欧州王侯網 → ヘッセン家 → フィリップ殿下 → エリザベス2世

スパルタのレオニダス王からは別の橋もあった。アギス朝の王名表を20代遡ると、スパルタ王家が公式に称していた通りヘーラクレース(ゼウスの子とされる半神の英雄)に着く。そこからゼウス、そしてローマの軍神マールスへ——3〜4世紀の皇帝ガレリウスが「自分は軍神マルスの子」と宣伝した、そのプロパガンダがリンクとして残っていて、神々と後期ローマ帝国を接続していた。

合体3: エジプト26王朝は、ペルセウスを経由して

古代エジプトも調べた。結論から言うと、エジプトは一枚岩ではなく群島だった。紀元前26世紀にギザの大ピラミッドを建てさせたクフ王の古王国(149人)、ナルメルの初期王朝(22人)、中王国(11王朝と12王朝は互いにすら繋がらない)、ヌビア系25王朝(43人)——各時代がバラバラの島で、しかもプトレマイオス朝のクレオパトラと新王国のツタンカーメンの間にも経路がない。マケドニア人の王朝は土着のファラオと血縁ゼロ、という史実がそのまま出ている。

ところが一つだけ、本土に繋がる王朝があった。サイス朝(26王朝)だ。

プサムテク2世(前6世紀、エジプト第26王朝=サイス朝のファラオ)→ アプリエス → 娘ネイティイティ = キュロス2世(前6世紀、アケメネス朝ペルシア帝国の初代王) → アケメネス朝を遡る → 始祖アケメネス(前700年頃、アケメネス朝の伝説的始祖)→ 父ペルセス → ペルセウス(ゼウスとダナエの子である英雄)→ ゼウス → … — 縫い目: 「ペルシャ人はペルセウスの裔」というギリシャ側の語源神話 —

エジプト王女とペルシャ王の政略結婚(実在)から、ペルシャ王権の起源神話(ヘロドトスが伝えるギリシャ側の解釈)へ乗り継いで、ギリシャ神話経由で本土に着く。

合体4: 孔子が五帝の島を持ってきた

中国の神話時代(伏羲・女媧・黄帝・堯・舜・禹)は五帝島として孤立していた。夏・殷・周の王統を全部足しても990人で、まだ孤島だった。周王室と漢(劉邦)の間に系譜リンクがない——劉邦は農民出身なので、これも史実通りの断絶だ。

橋になったのは孔子だった。孔子を種に深さ90でクロールすると4,653人が採れて、その中に黄帝と毛沢東の両方がいた。孔子の先祖は、伝承の系譜そのままに叔梁紇→孔父嘉→宋の公室→周公旦→文王と遡って45歩で黄帝に着く。そして子孫・縁戚側の網は、春秋戦国の貴族を経由して漢の帝室に届いていた。黄帝から劉邦への89歩は、こんな道だ。

黄帝(中国神話の伝説上の帝王、五帝の最初)→ 嚳 → 后稷周王室を12代 → 鄭の公室 → 夏姫(春秋随一の傾国、彼女の再婚が橋) → 陳の公室 → 陳完(前7世紀、陳から斉へ亡命し田氏の祖となった公子)(「田氏、斉を簒う」) → 田斉の王 → 呉郡の陸氏を20代 → 陸遜(183〜245年、三国・呉の名将) = 孫策の娘 → 孫家 → (孫賁の娘 = 曹彰) → 曹操(155〜220年、後漢末の武将で魏の事実上の建国者) → (娘が献帝の皇后) → 漢帝室 → 劉邦(前漢を建国した初代皇帝)

司馬遷が『史記』に書いた世家の網が、そのままグラフになって神話と歴史を縫っていた。

法則: 実在の血縁は必ず途切れ、神話の系譜は必ず繋がる

六つの合体の縫い目を並べてみる。

合体縫い目その正体
イスラム大陸ムハンマド→イシュマエル→アブラハムイスラム系譜学の伝統
聖書大陸同上(アブラハム→アダム)創世記の系図
古代ローマ聖ヘレナ→コオル老王中世ブリテンの建国伝説
ギリシャ神話マールス→ガレリウスローマ皇帝の神格化プロパガンダ
エジプト26王朝アケメネス→ペルセウスペルシャ人語源神話
五帝孔子の先祖系譜・周王室『史記』の世家・儒家の伝統系譜

どの文明でも、王権は自分の正統性のために系譜を神まで遡らせた。スパルタ王はヘラクレスの、ペルシャ王はペルセウスの、天皇は天照の、ローマ皇帝は軍神の末裔を名乗った。別々の時代に別々の目的で作られた「権威の系譜」が、二千年後にWikidataのリンクとして復活し、互いに数珠つなぎになって人類をひとつの網に縫い上げている。実在の血縁記録は古代末期や王朝交代で必ず途切れるのに、神話の系譜は「繋ぐために作られた」から必ず繋がる——今回いちばん面白かった発見はこれだ。

地図では実在・伝承・神話を色で描き分けている。だから「この橋は神話でできている」ことが見た目で分かる。カエサルからエリザベス2世への道をたどると、途中でコオル老王の区間だけ色が変わる。

縫い目をもう一つほどく: 神々はノアの子で、その出典はこの世から消えていた

孔子が本土に繋がったなら、孔子からアダムまでは一本の道で行けるはずだ。引いてみた。中国近代の名家網——孔家の子孫から段祺瑞、李鴻章、曽国藩、蔣経国へ——を駆け抜けたあと、蔣経国の孫娘がスコットランド人と結婚した一点で欧州貴族網(グローヴナー侯爵家)に飛び移り、ウェールズ中世の ap/ferch 系譜を遡ってコオル老王へ。そこから後期ローマ皇帝、そして神々へ入る。最後の数歩がこうだ。

… → ガレリウス → 父・軍神マールスユーピテル(ゼウス) → 娘ミネルウァ → 母メーティス → 父オーケアノス(原初の海の神) → — 縫い目: 異教の神を洪水後の入植者に読み替える — 父・ノア → レメク → … → カイン → アダム

ギリシャ神話の原初神オーケアノスの「親」として、旧約聖書のノアが登録されている。これはエウヘメリズム——神々を「神格化された古代の人間」とみなす発想——の生き残りだ。ルネサンス期、イタリアの修道士アンニウス・ダ・ヴィテルボが1498年に偽ベロッソスという偽書をでっち上げ、「異教の神々も諸王家も、洪水を生き延びたノアの子孫を辿れば全部説明できる」という一枚の系図を作った。海の神を、海を渡って世界に散ったノアの一族に接ぐ——五百年前に権威づけのために書かれたその接ぎ木が、いまWikidataの親子リンクとして復活し、孔子とアダムを繋ぐ唯一の橋になっている。

では、そのリンクは誰が根拠づけているのか。ノアの「子=オーケアノス」という主張に付いている出典を実際に引いてみた。たった一つ、URLが一本あるだけだった。

P973(記載URL) → annomundi.com/history

"Anno Mundi"(世界創造紀元)——アダムとノアから全民族・全神々を一枚の年表にぶら下げる、個人運営の聖書年代学サイトだ。偽ベロッソスの企てを受け継いだ、まさにそのネット版。ところがアクセスすると、ドメインはすでに売りに出され、サイトは消滅していた。Web Archiveにも今回は届かなかった。

つまり実態はこうだ。橋を支える唯一の典拠サイトはこの世から消えていて、検証できないリンク切れのURLが、孔子とアダムを繋ぐ最後の根拠として残っている。偽書が偽書だと確かめることすら、もうできない。それでも系図だけが生き延びて、二つの文明を縫い続けている。

神々からアダムへ直行せず、いったんノアに戻るのも象徴的だった。聖書では大洪水で人類が一度リセットされ、生き残ったのはノアの一族だけ。だから「全人類の共通祖先」はアダムであると同時に、実務的にはノアなのだ。異教の神を聖書史に編み込むには、まずノアの家系図に接がねばならない。孔子から出発した道が、最後にこの中世の世界観の縫い目を通って、洪水の生存者のもとへ辿り着く。系譜の地図は、実在の血の記録である以上に、人が権威のために語り継いだ物語の化石標本だった。

それでも繋がらないものたち

一方で、何をしても繋がらない島も確定した。理由がそれぞれ違って、これも面白い。

人数繋がらない理由
ブルネイ王家1,254今回発見の最大孤島。600年の現役王朝だが域外との婚姻記録なし
ヒンドゥー神話292ブラフマー、マヌ、クリシュナ。神々の系譜は緻密なのに、実在王朝への接ぎ木リンクが未入力
クフの古王国149ピラミッド時代の家族はマスタバ墓の碑文でしか分からない
シュニールソン家147ハシディズムの指導者「レベ」の世襲家系。閉じた宗教王朝
メソポタミア77ほかギルガメシュから知恵の神エンキまで6歩で着くのに、外へは0本。楔形文字の神話は19世紀に発掘されるまで誰も知らなかったので、「わが家はギルガメシュの末裔」と主張した中世人がいない
金王朝(北朝鮮)85金日成から金正恩まで揃って完全孤島

メソポタミアの理由が僕は一番好きだ。接ぎ木は、その神話を知っている人がいた時代にしか起きない。ホメロスと創世記は二千年間読まれ続けたから系譜に編み込まれ、ギルガメシュ叙事詩は忘れられていたから孤島のまま残った。系譜の地図は、物語の生存史でもある。

数字のまとめ

朝(v13)夜(v14)
収集済み総数480,847人580,000人超
地図の表示人数112,980人129,029人
リンク186,051本209,558本
大陸・島本土+9島六大陸が本土に統合、新島4誕生

地図は 人類系譜の全体図 で公開している。検索プレセットにアダム、イエス・キリスト、女媧、レオニダス1世、孔子、夏姫などを追加したので、名前を選んで「本土のどこに住んでいるか」を見てほしい。

技術ノート: 「探索し尽くした」は信用できない

今日の作業でいちばん教訓的だったのは、クロールの「枯渇」の意味だ。五帝島は一度「フロンティア0人=探索し尽くした」と判定された。それでも孔子側から掘ったら合体した。種明かしは、Wikidataの親子リンクが片方向にしか書かれていないことがある、という性質だ。子のページには「父は誰」とあるのに、父のページに子のリストがない。この場合、島の内側からのBFSは行き止まりに見えるが、外側からは島に向かう矢印が生えている。「枯渇」は「今のデータ・今の出発点・今のルールでの行き止まり」でしかない。

もう一つ。合体判定の第一報で、僕は生データのユニオンファインドだけを見て「カエサル本土合体!」と喜んだが、実際に経路を引いてみたら、途中に「不明」という名前のノードが挟まっていた。Wikidataで「親は不明」を表すダミー項目に、無関係な古代ローマ人と17世紀イギリス人がぶら下がって幻の橋を作っていたのだ。ダミーを除外した再探索で本物の経路(聖ヘレナ経由)が確認できたから結論は変わらなかったが、グラフの合体判定は必ず実経路を1本引いて目視すべき、という教訓が残った。